木造建築規制緩和の段階図。耐火規制からCLTと高層木造ビルまで
日本は森林大国でありながら、建築基準法の耐火規制によって都市の中大規模建築の木造化が進みませんでした。CLTなどの新技術と規制緩和で、海外では高層の木造ビルも建っています。

木造建築規制緩和とは何か——耐火規制という壁

日本は国土の約7割を森林が占める、世界有数の森林大国である。 にもかかわらず、都市部のオフィスビル・商業施設・中高層マンションのほとんどは、鉄骨造(S造)や鉄筋コンクリート造(RC造)で建てられ続けてきた。 その背景には、建築基準法が一定規模以上の建築物に対して課してきた厳格な耐火性能規制があり、木造という選択肢が事実上排除されてきた構造的な事情がある。

建築基準法は、火災による延焼防止という公共の安全確保の観点から、防火地域・準防火地域内の一定規模以上の建築物に対して「耐火建築物」または「準耐火建築物」とすることを義務付けている。 木材は可燃性材料であるという直感的な理由から、長年にわたり木造建築での耐火建築物の実現は技術的にも制度的にも極めて困難とされてきた。 しかし、木材の燃焼特性に関する科学的知見の蓄積と、新しい木質建材の登場により、この前提は大きく揺らぎつつある。

木造建築が都市部で敬遠されてきた背景には、火災時のリスクへの懸念に加えて、耐震性・遮音性・耐久性といった、居住性能全般に対する漠然とした不安も影響してきた。 しかし、現代の木造建築技術は、これらの懸念の多くを技術的に解決している。 集成材・CLTを用いた構造躯体は、在来工法の木造住宅とは比較にならないほどの強度・耐震性能を備えており、遮音性についても専用の建材・工法によって鉄筋コンクリート造に匹敵する水準を実現することが可能になっている。 「木造は弱い」という一般的なイメージは、こうした技術進化の実態を十分に反映していない、過去の記憶に基づく先入観である場合が非常に多い。

建築基準法改正の歴史——少しずつ開かれてきた木造の道

2000年
建築基準法改正——性能規定化と木造3階建て共同住宅の解禁

建築基準法が仕様規定から性能規定へと大きく転換され、木造による3階建て共同住宅の建築が可能になるなど、木造建築の設計自由度が段階的に拡大し始めた。

2010年
公共建築物等木材利用促進法の制定

低層の公共建築物について、原則として木造化を促進する方針が法制化され、国・自治体が率先して木材利用を進める枠組みが整備された。

2019年
建築基準法改正——耐火建築物としての木造設計の自由度拡大

木造建築物の耐火性能に関する技術基準が見直され、より大規模・高層の木造耐火建築物の設計が現実的な選択肢となった。

2021年
脱炭素社会実現のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律

木材利用促進の対象が公共建築物から民間建築物全般へと拡大され、カーボンニュートラルの実現手段として木造建築が明確に位置付けられた。

2022年以降
国内での高層・大規模木造建築の実現事例が相次ぐ

横浜の「PORTAL PLUS」(7階建て木造耐火建築物)をはじめ、国内メーカーによる高層純木造ビル構想が具体化し始める。

規制緩和の本質

木造建築規制緩和の歴史は、「木材は燃えるから危険」という単純化された直感的規制から、「適切な設計・材料選定によって木造でも十分な耐火性能を確保できる」という科学的知見に基づく性能規定への転換の歴史でもある。 しかしこの転換は20年以上にわたる漸進的な改正の積み重ねであり、欧州や北米と比較すると、日本の木造建築規制緩和の歩みは依然として遅い。

CLT技術の登場——木造建築の可能性を広げる新素材

木造建築の可能性を大きく広げたのが、CLT(Cross Laminated Timber、直交集成板)という新しい木質建材の登場である。 CLTは、板材を繊維方向が直交するように積層接着した大判のパネル材であり、鉄筋コンクリートに匹敵する強度・耐火性能を実現できることから、欧米ではすでに中高層建築の主要構造材として広く普及している。

日本国内でも2016年にCLTのJAS規格が制定され、建築基準法上の一般的な設計法が整備されたことで、CLTを用いた建築物の建設が技術的に可能となった。 しかし、CLT製造工場の数、製材・乾燥・接着技術者の育成体制、設計者側のCLT設計に関する知見の蓄積という点で、日本は欧州に大きく後れを取っており、供給体制の脆弱さが普及の障壁となっている。

図1:主要国における中高層木造建築(CLT等)の普及度(概念スコア)——日本は制度整備が進むも供給体制が課題

海外の高層木造ビル事例——ノルウェー・カナダの先進事例

海外に目を向けると、木造建築の可能性はすでに実証段階を超えている。 ノルウェーの「Mjøstårnet(ミョーストーネット)」は高さ約85メートル、18階建ての木造建築物として2019年に完成し、世界最高層の木造建築の一つとして知られている。 カナダのブリティッシュコロンビア大学の学生寮「Brock Commons」も18階建ての木造・混構造建築として話題を集めた。

これらの事例に共通するのは、CLTや集成材といったエンジニアードウッド(工学的に性能を制御した木質材料)の活用と、性能規定に基づく柔軟な建築規制の組み合わせである。 木材はその燃焼特性上、表面が炭化することで内部への延焼を遅らせる性質があり、適切な断面設計を行えば、むしろ鉄骨造よりも火災時の強度低下が緩やかになるケースすら存在することが、各国の実証実験で明らかになっている。

米国でも、ミルウォーキーに建設された「Ascent」という25階建ての木造・混構造マンションが2022年に完成し、当時の世界最高層木造建築として注目を集めた。 こうした事例が相次ぐ背景には、脱炭素社会への移行を目指す各国政府が、建築分野における木材利用を政策的に後押ししているという事情がある。 建設時のCO2排出量が大きい鉄骨造・RC造から木造への転換は、都市全体の温室効果ガス削減目標を達成する上でも、無視できない効果を持つ手段として位置付けられている。

約85m
ノルウェー「Mjøstårnet」の高さ——18階建ての木造建築が実現済み
2016年
日本国内でCLTのJAS規格が制定された年
7割
日本の国土に占める森林の割合——世界有数の森林資源を持ちながら活用が進まない現状
2021年
木材利用促進法が民間建築物にまで対象拡大された年

国内林業の衰退と規制緩和の経済的意義

木造建築規制緩和は、単なる建築技術・防火設計の問題にとどまらず、日本の林業政策とも密接に結びついている。 戦後の拡大造林政策により植林されたスギ・ヒノキの人工林は、現在まさに主伐期(利用可能な成熟期)を迎えているにもかかわらず、国産材の需要不足・林業従事者の高齢化・木材価格の低迷により、多くの人工林が十分に活用されないまま放置されているのが実情である。

都市部における中高層木造建築の普及が進めば、これまで住宅建材としての需要が中心だった国産材に、新たな大口需要先が生まれることになる。 これは、林業従事者の所得向上、森林の適切な管理・間伐の促進、ひいては土砂災害リスクの低減にもつながる、複合的な政策効果を持つ。 木造建築規制緩和は、建築分野の技術革新であると同時に、衰退する国内林業を再生させるための需要創出策としての側面も持っているのである。

さらに、木材は成長過程で大気中の二酸化炭素を吸収・固定する性質を持ち、建築物として利用され続ける限り、その炭素を長期間にわたって「貯蔵」し続けることができる。 鉄骨造・RC造の製造過程で大量のCO2が排出されるのとは対照的に、木造建築の普及は、建築分野におけるカーボンニュートラル実現の有力な手段として、世界的にも注目が高まっている。 国産材を用いた木造建築の拡大は、林業再生・地方経済の活性化・脱炭素という複数の政策目標を同時に達成しうる、数少ない規制緩和策の一つだと言える。

残された規制上の障壁——技術基準の複雑さと審査の負担

建築基準法改正によって木造建築の設計自由度は着実に拡大してきたものの、実務上の障壁はなお多く残されている。 まず、木造建築物を耐火建築物として設計する際の技術基準は依然として複雑であり、構造計算・防耐火設計の専門知識を持つ設計者・審査機関が限られていることから、設計・確認申請のプロセスに通常よりも長い時間とコストを要するケースが多い。

また、内装制限や道路容積率、高さ制限といった他の建築規制との整合性を取る必要があることも、木造建築の普及を妨げる要因となっている。 特に、大規模木造建築物の設計実績・審査実績が少ないことから、建築確認審査の現場で慎重な判断が重ねられる傾向があり、結果として鉄骨造・RC造に比べて設計・審査に余分な時間がかかる「見えない規制コスト」が木造建築の経済性を押し下げている。

加えて、木造建築物の保険料率や融資条件についても、鉄骨造・RC造と比較して不利な条件が設定されるケースが少なくない。 これは、保険会社・金融機関側の木造建築に対する統計的なリスク評価が、現代の防耐火設計技術の進歩を十分に反映していない可能性を示唆している。 建築規制の見直しと並行して、保険・金融分野における木造建築のリスク評価手法も、最新の技術水準に合わせてアップデートしていく必要がある。

構造種別 耐火性能確保の方法 規制上の課題
木造(在来工法) 燃えしろ設計・防火被覆 大規模建築での実績・審査体制が未成熟
CLT造 炭化層による延焼遅延設計 国内供給体制の脆弱さ、設計者不足
鉄骨造(S造) 耐火被覆材の使用 高温下での強度低下リスク
鉄筋コンクリート造(RC造) コンクリート自体の耐火性 建設時のCO2排出量が大きい
💬 「木造建築は火災に弱く、都市部での大規模利用には適さない」
木材は可燃性材料であり、都市部の中高層建築物に木造を用いることは危険であるという懸念が根強い。
✓ 真実:適切な設計により木造は鉄骨造と同等以上の耐火性能を確保できる
木材は燃焼時に表面が炭化し、その炭化層が内部への酸素供給と熱の伝達を遅らせるため、断面寸法を適切に設計する「燃えしろ設計」によって、火災発生時にも一定時間、構造耐力を維持することが可能である。 実際、海外の実証実験では、木造の主要構造部材が火災時に鉄骨造よりも緩やかに強度低下することが確認されており、「木造だから危険」という認識は、現代の木質構造技術の実態を反映していない。 むしろ、炭化による断熱効果によって内部の構造材が高温にさらされにくいという木材特有の利点すら存在するのである。

木造建築規制緩和のロードマップ

改革① 木造耐火設計の審査体制を拡充
木造建築物の防耐火設計に精通した審査官・指定確認検査機関を計画的に増やし、審査期間の長期化という「見えない規制コスト」を縮小する。
改革② CLT等エンジニアードウッドの国内供給体制強化
CLT製造工場の増設支援、製材・乾燥技術者の育成を進め、国産材を用いた高性能木質建材の安定供給体制を構築する。
改革③ 標準設計・仕様例の整備による設計コスト削減
木造耐火建築物の標準的な設計例・構造計算例を国土交通省が体系的に整備・公開し、個々の設計者が一から検証する負担を軽減する。
改革④ 木材利用に対する税制優遇のさらなる拡充
木造建築物の固定資産税・法人税における優遇措置を拡大し、国産材需要拡大とカーボンニュートラルの両立を経済的に後押しする。

結論——森林大国日本が木造建築で世界に遅れる理由はない

日本は世界有数の森林資源を持ちながら、その活用は長年にわたり低層住宅中心にとどまり、都市部の中高層建築物における木材利用はごく限定的な水準にとどまってきた。 その最大の要因は、木材の燃焼特性に対する過度に保守的な規制姿勢であり、科学的知見の蓄積に規制の見直しが追いついていない構造的な問題である。

規制緩和というと、ともすれば「安全性の切り下げ」と短絡的に捉えられがちだが、木造建築規制緩和の本質はむしろ逆である。 科学的知見の蓄積により木造建築の真の耐火性能・構造性能が正確に把握できるようになったにもかかわらず、規制の側がその知見を十分に反映できずにいるという「規制の遅れ」こそが、問題の本質なのである。 規制緩和とは、安全性を犠牲にすることではなく、むしろ最新の科学的知見に基づいて規制を正確に再設計することに他ならない。

国産材需要の低迷は、山林の手入れ不足による土砂災害リスクの増大、林業従事者の高齢化・後継者不足の加速という形で、すでに全国各地に深刻な影を落としている。 木造建築規制緩和は、単に建築分野の技術的な選択肢を広げるだけでなく、荒廃しつつある日本の山林を再生させる、数少ない有効な処方箋でもある。 木材利用の拡大が林業の採算性を改善し、それが適切な間伐・植林サイクルを取り戻すきっかけとなれば、防災・環境保全の面でも大きな波及効果が期待できる。

さらに、国産材を活用した木造建築の拡大は、地方の製材業・工務店にとって新たな需要創出の機会ともなる。 都市部の大規模建築案件で国産材CLTの採用が進めば、その供給を担う地方の製材・加工拠点への投資が活性化し、地域経済の活性化にもつながる好循環が生まれる。 規制緩和による技術的な選択肢の拡大が、林業・建築業・地方経済という複数の分野に同時に恩恵をもたらす好例として、木造建築規制緩和は今後も注視されるべきテーマである。

📌 性能規定への転換を徹底し、木造建築の可能性を解放せよ

ノルウェーやカナダの高層木造ビルが示すように、木造建築の技術的な限界は、すでに大きく押し広げられている。 日本に必要なのは、「木造は危険」という古い前提に基づく仕様規定から脱却し、科学的根拠に基づく性能規定への転換を徹底することであり、それこそが国産材需要の拡大、林業の再生、そしてカーボンニュートラルの実現を同時に達成する道である。

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